とりあえず作ってみた(仮)

ユカの冒険というフリゲRPGを製作中です。RPGなのにキーアイテムを集めて扉を開くという、マリオの3Dゲームみたいなシステムです。あと敵が逐一変な挙動をする。@matsmomushiで表現規制関係のツイッターもやってます。変な音楽集も。

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男性差別と主張される事柄に対する自分のスタンス


男性差別だと主張されるものに関して、私のスタンスをまとめてみたいと思います。なお「地位が低い」「地位が高い」というのは絶対的基準ではなく、分かりやすくするために一般的に通用している表現を用いたものです。

この記事は、男性差別とされることについて俯瞰的に私の考えを述べたものであり、男性差別を積極的に糾弾するものでもなければ、男性差別への批判について糾弾するものでもありません。

・男性の事務職進出支援や主夫の支援がなされないこと → 改善すべき 

まず、私は男性の不利益改善の中でこれは最優先改善課題だと思っています。本来は事務職や主夫でも構わない、むしろその方が良いという男性は大勢います。不本意に総合職に就いている男性が事務職や主夫になれば、その分女性の枠も増えるので、女性の地位向上にも繋がります。これは、メンズリブとフェミニズムが対立せず、共闘できる場面のはずです。

具体的には、事務職に男性を採用する企業を支援する、事務職採用に男性枠を設ける、主夫家庭に支援金を出すなど。また、男性の事務職進出や主夫のイメージアップCMを流すなどから始めても構わないでしょう。

なお、女性の地位が低いから女性だけの職業があっても良いなどという主張には断固反対します。男女格差を作っているのは男性は地位の高い職業に就かなくてはならないという圧力であり、地位が低い(とされる)職業に女性のみが就けるのであれば、男女格差が生まれ続けるのは当然です。

・女性の積極採用、登用 → 条件付きで問題なし

1.同程度男性の事務職進出や主夫支援がなされること
2.目的は表面的な数合わせではなく、女性がその職業に付きやすい雰囲気を作り、実質的な職業選択の自由を確保することであること。ただし、文系分野の場合は、職員が男女近い数になることで公平性が保たれるという理由でも良い。

の二つを満たすのであれば、賛成です。よく理系への女性の進出が叫ばれますが、実際必要なのは司法や行政など性別によるバイアスがありうる分野の方かなと。

・社会保障制度に関するもの→ 性別による区別は最終手段 
全体傾向として性別により経済力に差がある場合でも、性別により差を設けることは原則として避け、個人の実情や能力に即した区別をすべきと考えています。

・女性専用→ 場合分け 

A.公機関または公共性の高い施設の場合
→原則として安易な性別による区分は避けるべきであり、区別に実質的な合理性がなくてはならないと考えます。

まず、女性専用車両については賛成です。理由は次の通り
1.男性が受ける不利益は男性差別を助長するかもしれないという間接的で不確実なものであるのに、女性の不利益は犯罪被害という差し迫ったものであること。
2.痴漢という犯罪が特に起きやすい場面に限定されていること。また、男女差は相当程度あり、性別による区別は合理的であること。
3.元来、男性が痴漢被害に遇いにくいという利益を有しているとも考えられること。

(ただし、鉄道会社が防犯カメラによる冤罪対策などの男性側の要望を無視し続けていることには違和感を覚えます。)

一方、図書館の女性専用席や女性専用駐車場などは性別と十分な合理的関連性はないと思うので反対の立場です。公機関や公共性の高い施設が安易な理由で性別による区分を設けることは、それ自体市民が常に「性別」を意識させられることになるので、あまり好ましくありません。

B.民間の娯楽施設の場合
娯楽分野では、女性だけで楽しみたい、男性だけで楽しみたい、という利益も保障されて良いと思っています。なので、逆の性別の人が「近傍同種の施設を利用できる状態にある」場合は自由で良いと思います。

また別の考え方として、「男性ばかりで利用しにくいと感じる女性がいる施設を、女性にも利用してもらうために女性専用にする」場合と、「本来女性の利用者が多い施設を女性専用にして、男性を完全に排除する」場合とを分け、別の基準を用いる考え方もあるでしょう。

あと、逆の性別の人と書きましたが、トランスジェンダーの人や性別に属したくない人(Xジェンダーなど)もいるので、そうした人が利用できなくなる場合もNGです。

・女性割引 → 原則反対 

原則として不合理な差別だと考えています。

専用が良くて割引が駄目とは違和感があるかもしれませんが、男性だけで楽しみたい、女性だけで楽しみたいということに関して男女差があるケースはあっても、金銭的利益を得たいのは男性も女性も同じはずです。また、男性や女性の利用自体を制限するとなれば損失も大きくある程度は抑制が効くのに対し、料金差は結局男性が不利な条件でも利用してしまい抑制が効きにくいという側面があります。

なお、経済力の差については、女性の社会進出や、個人の状況に照らした社会保障で対策されるべきで、性別だけで経済状況を判断して料金差を設けるなどというのは不合理です。またこうしたシステム自体が男性に不満を抱かせ、バックラッシュを助長するという側面もあります。

ただし、食べ放題など、能力に男女差があることで得られる利益が異なるケースについては、個別に議論すれば良いでしょう。

・フィクションにおける描写(いわゆる暴力ヒロインなど。)  → 問題にすべきでない

これを言い出すと、それこそ男性向けとされる性表現が問題にされ、男性の方が不利になるのではないでしょうか。M志向の男性や女性の性愛充足のためのファンタジーに口を挟む必要はありません。

しかし、表現を倫理的に審査する機関が、男女で差を設けた場合には話が変わります。それは表現の自由ではなく、表現の規制の自由に過ぎないからです。自分は表現者が自分の倫理に基づいて男女で差を設けるのは自由だと考えますが、それを審査機関が強制することは許されないと考えています。

また、性愛ファンタジーではなく、現実の倫理規範として訴える作品については、内容への批評はあっても良いでしょう。

・性表現の規制→ 性別の問題ではない 

これはむしろ男性と女性の問題にしてはいけないと思っています。規制を主張する側が、本来そうではないイシューを女性と男性の問題にしようとしていると考えるべきです。

女性にもフィクションを性の対象とする人は多数存在し、その中には凌辱や年少のキャラクターを好む人もいます。性表現の規制は、「現実の人間との性行為を重視する文化(性の対象=現実の人間というイデオロギー)」が「フィクションを性の対象とする人達」に性差別や性暴力の責任を転嫁していることに問題があるのです。

したがって、男性/女性という切り分け(「男の性欲」などの言い回し)は避け、性の充足についてはフィクションを重視する人と、主に現実の他者との性行為で性を充足する人との理解の齟齬という形で捉えるべきだと思います。


かなり複雑ですが、実際性別をどう扱うべきかは一筋縄ではいかない難しい問題だと思います。
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  1. 2016/02/26(金) 03:06:56|
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あなたのモテない悩み、本当にモテない悩みですか?

モテないことで悩んでいる人たちに、私から一つ聞いてみたいことがあります。それは、あなたのそれ、本当にモテないことが悩みなの?ということ。

ネットを見ていると、男性の中に、女性から恋愛対象としてみられないことを理由に、女性嫌悪的な書き込みをする人が増えているように感じます。もちろん、女性が男性の容姿や収入に高望みをしていることもあるのですが、そのケースも含めての話です。

逆に、女性の中には、男性からあらゆる局面で恋愛対象や性の対象として扱われることを理由に、男性嫌悪書き込みをする人も増えていると思います。

現実の人間との恋愛や性行為って、そんなに幸せなものなのでしょうか?

男性がモテなければいけないと思う背景には、社会や男友達グループからの圧力があります。「彼女作れよ」「彼女いない歴○○年」「○○歳までに童貞を捨てないといけない」などの圧力です。(もちろん、女性の側にも同様、恋愛や結婚に関する圧力は存在すると思います。)

こうした中で、モテたいと思うようになったとして、果たしてそれは、本当に恋愛感情によるものなのでしょうか。単に仲間から彼女のいる男として承認されたいだけなのでは。もし、本当に心から恋愛や性行為がしたいわけでもないのに、社会的圧力のために男性が女性にモテないことで苦しみ、男性が女性にむやみにアプローチをし、そのことが原因で女性が男性を恨むようになっていたとしたら。

もちろん、「そんなことはない、自分は恋愛や性行為それ自体がしたいんだ」という人はいると思います。

しかし、そうでない人も一定数はいるのではないでしょうか。また、その人がモテない原因も、その人の容姿や経済状態に問題があるのではなく、恋愛へのインセンティブが恋愛に伴う困難を凌駕できないことによるものかもしれません。


1.人類の100分の1は無性愛者
女性を恋愛や性行為の対象とする女性や、男性を恋愛や性行為の対象とする男性がいることは同性愛として広く認知されていますが、当然ながらその両方に関心がない人もいます。それは無性愛(アセクシャル)と呼ばれ、完全な無性愛者は約100人に1人の割合で存在します。

2.無性愛と有性愛は連続的
100人に1人じゃ少ないから自分は当てはまらない。そう思った方、無性愛と有性愛は連続的です。性的欲求の強さにも差があるのと同様、恋愛感情にも強い弱いがあるのです。よって、完全な無性愛ではなくても、恋愛感情や性的欲求が希薄な人もいます。なお、自慰の有無は無性愛とは関係ないそうです。

3.無性愛にも様々な形態がある
無性愛の形態も様々です。無性愛(アセクシャル)は一般的に恋愛感情も性行為に対する欲求も無い人を指します。性行為に対する欲求のみが無い人を、ノンセクシャル(あるいはロマンティック・アセクシャル)と言います。また、恋愛感情が無い人や恋愛という関係を望まない人をアロマンティックと言います。中でも純粋な友情ではなく異性や同性に好意を持つことはあるものの、恋愛という関係を望まない人はリスロマンティックと言うそうです。

4.異性関係=恋愛関係ではない。
恋愛関係を望まないというと、愛情が無いのか、あるいは他者をただ性欲の対象と見ているのかと言う人がいるかもしれません。しかし、それは大きな誤りです。異性関係=恋愛ではありません。恋愛関係を望まない人にも友情という概念はあります。また、恋愛関係を望まない人同士であれば、性の対象として見られるよりも、狭義の恋愛関係強制される方が嫌と考える場合もあるのではないでしょうか。恋愛=他者の尊重というのは、恋愛というセクシュアリティを有する人同士でのみ成り立つものに過ぎません。

5.本質主義からライフスタイル重視へ
そもそも、自分がアセクシャルやノンセクシャル、アロマンティックに当てはまるかを考える必要などあるのでしょうか。少なくとも私には、そうした本質主義は重要ではなく、恋愛や性行為をしたいか、わざわざしたくないかの違いしかないと思います。

6.完全な無性愛者ではないとしても、以下に当てはまる人は多いのではないでしょうか。

・異性(同性)への漠然とした関心はあるものの、特定の人に好意を抱かない

・特定の異性(同性)を好きになるものの、恋愛という関係は望まない

・恋愛関係は望むけど、世間でいう恋愛は自分の恋愛とは違う

・恋愛感情も性的欲求もあるけれど、それと人生のパートナーは別物

・フィクションの異性(同性)には関心があるが、やはり恋愛ものは好きになれない

・性欲はあるけれど、自分の身体を使っての現実と他者と狭義の性行為(性器挿入)には興味がない

・性的なフィクションには興味があるが、恋愛に基づく性行為を描いたものには関心が沸かない

・恋愛や恋愛に基づく性行為を描いたものが好きだが、それでもフィクションにしか関心がない

・恋愛や性行為に関心はあるが、そこまでしたいとも思わない

・異性に好意を抱いていたからそれを恋愛感情だと思っていたが、よく考えると同性にも似たような感情を抱いていて、よく分からない

・ジェンダーに関する政治的な理由で、恋愛や性行為をしたくない

7.まとめ

・異性(同性)に関心がある=恋愛欲求がある ではない。

・性欲がある=性行為への欲求がある ではない。

・恋愛欲求がある(性行為への欲求がある)=恋愛をしたい(性行為をしたい) ではない。

8.もちろん
もちろん、現代社会においては、性愛に基づかないパートナーシップは普及しておらず、実現するのは恋愛以上に難しいかもしれません。ただ、恋愛が全てではないということや、自分が本当に恋愛や性行為をしたいのかを考え直すことで、ネットや週刊誌に氾濫する「女(男)は男(女)をこう思ってる」系の男女論コラムが馬鹿馬鹿しく思えると同時に、真に信頼できるパートナー(自分と同程度の恋愛感情を持つ人)と出会える可能性もあるのではないでしょうか。また将来的には、狭い意味での恋愛に限らない、多様な人間関係のあり方が生まれていくと思います。

テーマ:脱童貞への道 - ジャンル:恋愛

  1. 2015/09/28(月) 02:49:10|
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あらゆるセクシュアリティの政治的に正しい部分を挙げる

あらゆるセクシュアリティの政治的に正しい部分を挙げる。

ポリティカル・コレクトネスを根拠に自分達のセクシュアリティの優位を主張する人にうんざりしているので、みんなの良いとこを挙げてみます。当事者の方でこれは違うというのがあれば、教えて下さい。今回は恋愛感情や性的欲求が向かう対象という意味でのセクシュアリティのみを扱います。

ここでいう政治的正しさとは、ポリティカル・コレクトネスという用語で表される価値観に基づく正しさ、フェミニズム的な価値観であったり、ジェンダー規範や性暴力との親和性の低さという意味であって、万人にとっての正しさではありません。

《異性愛》
違う性別同士の架け橋になることができる。もしこの世界が同性愛者ばかりなら、男女対立や男女の分離は今以上に酷かったかもしれない。人種や民族のように。性感染症のリスクは同性愛よりは低い。子孫を残すことができる。

《同性愛》
体力や社会的立場が対等なので、異性愛に比べると、性的搾取や性暴力の危険が少ない。性暴力に甘過ぎたり、対策が過剰過ぎたりすれば、自分にも危険が及ぶ為、公平な議論ができる。恋愛における役割分担も生じにくく、ジェンダー平等に則している。望まない妊娠の危険が無い。

《両性愛、全性愛》
ジェンダー平等に則している。仮にこの世界が両性愛者や全性愛者ばかりでも、性別がくっきり別れてしまうことはないし、女性が性の対象と見られやすい問題や、男性があまり積極的にアプローチしてもらえないという問題も解消できたでしょう。

《アセクシュアル》
性的欲求も恋愛感情も持たない人のこと。性欲目的の性暴力のリスクや性行為自体に伴うリスク無い。恋愛によって人生を縛ることも無い。性差のない純粋な友情関係なので、ジェンダー平等に則している。

《ノンセクシュアル》
性的欲求を持たない人のこと。身体目当ての恋愛が生じない。性欲目的の性暴力のリスクが無い。性行為に伴う様々な危険もない。

《アロマンティック》
恋愛感情を持たない人や、好意を持っても恋愛という関係を望まない人のこと。恋愛によって他人の人生を拘束することがない。恋愛は自己のみに対する愛情を一生を通じて要求する点においては、性的欲求以上のリスクがあると考えることもできるでしょう。家制度との親和性が低い。人生の自由に則している。DVやアンペイドワーク、ストーカー、怨恨による殺人などのリスクが少ない。

《ポリアモリー》
同時に二人以上に恋愛感情を抱く人のこと。多様な人間関係を築くことができる。三角関係になっても、トラブルになりづらい。不貞行為による離婚や、その他様々な問題が生じない。

《二次元純愛(現実で当事者であるセクシュアリティ)》
現実の人間を性の対象とすることに主眼を置かない。そもそも現実の人間を性の対象としなければ、性差別も性暴力も生じないはず。現実との差異はあるものの、純愛に基づく性行為自体は現実に反映させても他者の権利を侵害しない。

《二次元BL、百合(現実では当事者でないセクシュアリティ)》
現実の人間を性の対象とすることに主眼を置かない。当事者になることは無いため、現実の恋愛や性行為への関心はより希薄と考えられる。性的マイノリティを性の対象としていることを批判する人がいますが、現実の恋愛や性行為に重きを置く人や、生まれたままの性別で性行為を行う人が、正しいわけではないはずです。

《二次元ロリ・ショタ》
現実の人間を性の対象とすることに主眼を置かない。現実の成人のパートナーとの人間関係と、フィクションに対する性欲とを分離できる(※1)。現実の性行為に未練のある人がいるのなら、現実の人間との性行為を重視する風潮を変えていくべきでしょう。

《二次元凌辱》
現実の人間関係と性欲を分離しやすい(※1)。性行為を暴力として捉えており、良いこととして扱わない(※2)。戦うヒロインが怪物や怪人に陵辱されるなど、非現実的な内容であることも多い。

《二次元リョナ》
現実の人間関係と性欲を分離しやすい(※1)。性欲は暴力であると捉えていてる。戦うヒロインが怪物や怪人から攻撃を受けるなど、非現実的な内容であることも多い。

※1 これらの人々の多くは現実の成人のパートナーと合意のある性行為をしないわけではありませんが、欲求が狭義の異性愛や同性愛の人達より希薄な可能性はありうると思います。リョナに関してはアセク、ノンセクが比較的多いとの情報もあります。

※2 よくある批判として、レイプされたキャラクターが喜んでいるというのがあります。確かに、凌辱ものの多くはキャラクターの反応を快楽として描写していて、現実の性被害と異なるかもしれませんが、その大半はあくまで暴力により強制的に堕落させられたという認識であって、レイプを本当に相手の利益になるものとして美化したものは見たことがありません。

《動物性愛》
現実に行為を行えば虐待であるが、人間に対する欲求が希薄であるのがメリット。性欲に関してはジェンダー規範とも無縁。

《対物性愛》
無性愛に同じ。

《BDSM》
望まない妊娠の危険がない。性器を使わないため、男女の対称性が高い。合意がなければ暴力であることや、度が過ぎると危険であることは、性行為も同じでしょう。

《本来的意味でのフェティシズム》
他人のものを盗まなければ良い。仮に盗んだとしても、人間への欲望である異性愛や同性愛が暴走した場合よりリスクは低い。

《窃視》
合意の上で覗きのロールプレイをしたり、アダルトビデオを見るなどで代用できる。アダルトビデオ撮影時のリスクや、仮に犯罪となる行為をした場合のリスクも、異性愛や同性愛より低い。

比較的アイデンティティとしている人が多いものを選んで、挙げてみました。ジェンダー平等ということであれば、アセクシャルなどの無性愛系統が一番優れているかもしれませんが、個人としての資質に比べれば、セクシュアリティの差異なんて微々たるものだと思います。現実の性行為が二次元より優れている点は、相手と実際に関わるので、相手に配慮して抑制することができる点だと思います。しかし、現実の人間を性の対象とすることに主眼を置いている時点で、フィクションを性の対象とする人を一方的に批判する権利は無いのではないでしょうか。また、二次的好きな人の中には、現実の性別とは逆の性に感情移入している人もいます。性別が違う=他者ではないのです。現実のフェティシズムは犯罪報道で目にするものも多いためにネガティブな印象を持つ人も多いでしょうが、冷静に考えれば、世間で普通とされる性行為の方が危険な場合も多いのです。

でわでわ。

テーマ:フェミニズム - ジャンル:政治・経済

  1. 2015/08/22(土) 06:14:37|
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ネットの「女叩き」発生のメカニズムに関する個人的考察


フェミニストでツイッターをされている方で、ネットでは女性嫌悪(ミソジニー)書き込みが多いという人が結構います。自分自身、その通りだと思います。しかし、それを女性蔑視が原因だとしてしまうのは間違いだと考えています。ジェンダー界隈では、「蔑視」「嫌悪」さらには「性的欲求」までを一くくりにしてしまう人が多いように感じるのですが、これらは全然別々の感情ですよ。

これは女性批判の書き込みをしている人々と、それを批判するフェミニスト等の人々双方を対象にして書きました。したがって、どちらかに一方に都合の良いことは書いていないと思って下さい。また、あくまで自分の考え方に過ぎないと銘打った上でお話ししたいと思います。

1.ミソジニー書き込みをする男性には女性は得をしているという考えがある

まず、女性叩きをする男性は、女性が社会において得をしていると考えていることが多いです。具体的には女性専用車両や女性割引、アファーマティブアクション、割り勘問題などです。フェミニストの方には、これら(割引や割り勘はともかく)は差別ではなく女性が不利益を被っていることの是正とみる人が多いと思いますが、それはあくまで一つの考え方です。客観的には性別で差を設けている以上は、不当な差別と考える人がいてもおかしくないのです。もちろん、これらの制度が不当であるとしても、それは制度の是非であって女性を憎悪するのは誤りですが、ネットのミソジニーは、家父長主義的な女性蔑視ではなく、平等に対する考え方の違いから生まれる対立と言うべきではないでしょうか。

この対立の背景には、男性には男性が得をしている部分は見えづらく、男性のみが一方的に損をしていると思い込むことがあると思います。(逆に女性には女性が得をしている部分は見えづらいと思います。)

実を言うと、昔は自分も「地上派メディアでは男性が悪く言われ女性が持ち上げられてるんだから、ネットでは女性を叩いても良いんじゃないか。」と考えていたときがありました。そういう埋め合わせ的な感覚でミソジニー書き込みをしている人は割と多いと思います。もちろん、地上派メディアで男性の方が良く扱われていると考える人もいるのと、そこから「ネットでは女性が悪く言われているから今度は男性を……」と憎悪の連鎖が続くので、ミソジニー書き込みはすべきではありませんが。

2.男性が男性の女性不信を高揚させている

ある男性が勝手に女性は男性を差別しているという書き込みをし、それを見た別の男性がミソジニーを高揚させるというケースがよくあると感じます。たとえば

イケメンが女性に声をかける→結婚生活
おまいらが女性に声をかける→刑務所生活

など、具体的にその例を見た訳でもないのに、面白半分や自嘲ネタのつもりであたかもそういう例があるように書き込み、別の男性がそれを真実だと捉えてしまうのです。もちろん、性犯罪に関する司法判断などについては杜撰な部分もあると思いますが、私としては女性が容姿で人を犯罪者にした例は聞いたことがないですし、少なくともフェミニストの人はイケメンでも現実でセクハラはされたくないと言っている人が多いです。

最近ではまとめサイトが男性差別や容姿の劣った男性の不利に対する記事を載せていますが、これらの中には真摯に男性の人権を考えたものばかりではなく、内容を誇張し、男性の怒りを煽ることでPVを稼ごうとしているものがかなり含まれていると感じます。

また、男性が別の男性に対し、「お前みたいなのは女性に気持ち悪がられる。」「俺達みたいなのは女性に気持ち悪がられる。」と、マウンティングや道連れの形で女性不信を煽るケースもあります。その仕返しとして、女性の画像に「ブス」などの書き込みをする人がいるのではないかと考えています。リアルはともかくネットで男性の画像に容姿を貶す書き込みをしている女性はあまりいないと感じます。

ただし経験則として、小学校や中学校、高校などでは、女子生徒が容姿の劣った男子生徒を避けたり、身体の接触を過剰に嫌ったりするといういじめがあるので、それが男性が容姿により性犯罪者にされるのではないかという不安を抱える原因になっていると考えます。(当然ながら男子生徒から女子生徒への同様のいじめも同じ位あります。)

3.ロマンティック・ラブ・イデオロギーの圧力

女性が自分を恋愛や性の対象とみないことについて、女性を恨んでいるケースです。当然ながら、男性にも女性の好き嫌いはありますし、女性がどの男性を好きになろうが自由です。これについては、男性の中で恋愛や性行為を「しなければならないもの」とみなす風潮が根底にあると思います。要はモテない男性に対する偏見や劣等感、何歳までに童貞を捨てないといけない等の圧力です。つまり、現実の恋愛や性行為は必須のものではないという意識を、広めることが重要でしょう。


4.最後に
女性批判をする男性へ:(これは男性批判にも言えることですが)平等に対する考え方は人それぞれです。時には自分の考え方と違う形での平等を受け入れなくてはいけないこともあります。もし今ある状態が平等でないと感じるならば、制度や不平等自体を冷静に批判しましょう。異性自体へのバッシングでそれを埋め合わせるのは誤りです。
また「女性は男性をこう思っている」ということに関して、常に「実際にその実例を見たのか。」「男性が女性に対して同じ扱いをしていないか。」を確かめると良いと思います。

ネットのミソジニー批判をする女性へ:男性は女性を下に見ていると過度に思い込んでいないでしょうか。女性は男性より劣ってるなどと考えている男性はいたとしてもごく少数でしょう。女性全体を恨む男性は、不公平を感じていたり、女性への不信を持っていたりすることが多いです。男性が不利と感じる男性が存在することを受け止めた上で、女性側の不利益や、女性自体を恨むのは違うということを冷静に伝えていく必要があるのではないでしょうか。

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  1. 2015/03/18(水) 05:56:24|
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いわゆるリョナ好きな人に関する話

今回は、リョナラー(リョナ好きな人々、つまり漫画などのフィクションにおける物理的なダメージ描写に性的な興味を抱く人々)について、色々と話したいと思います。

これらはゲームで敵の攻撃を受けるというライトなものもあれば、拷問のようなハードなものまであり、この先、時としてよくないものとして非難されることもあると思います。たとえば、危険だとか、女性蔑視だとか、女性差別だとか。もちろん、表現を批判するのは良いのですが、その前に当事者の人について客観的な事実を理解して欲しいと思っています。

まず、リョナ好きな人々は、男性だけではありません。「男リョナ」というのを調べてみると、女性で男性に対する物理ダメージに興味があるという人がかなり居ると分かります。当然かもしれませんが、女性で女性の物理ダメージに関心がある人や、男性で男性の物理ダメージに関心がある人も結構います。

次に、リョナ好きな人は、必ずしも人を痛めつける空想をしている訳ではありません。以前の記事に自分もそうであると書きましたが、リョナ関係のスレを見ていると「やられる側」に感情移入しているという人が結構な割合でいます。これは感情移入リョナやMリョナなどと呼ばれることがあります。つまり、男性だからといって性的なフィクション、空想などにおいて必ずしも男性に感情移入するわけではないのです。それ以前に。そもそもダメージを受ける人物に関心があることに関して、ダメージを与えるのが自分である必要性は無いんですよ。ちなみに以前、女性の方でやられる男性に感情移入しているという人も見たことがあります。

では、リョナ好きな人は恋愛感情を持った人物がそういう目に遭って欲しいと思っているのかというと、そうではありません。中には、好きなキャラクターが酷い目に遭うのが良いという人もいるのですが、私の場合は恋愛と性的な欲求は別物だと考えています。そもそも自分ははっきりとした恋愛感情があるか分からないのですが、なんとなく好きだと思った人がいても、その人を性的な空想に登場させたことは一度もなかったりします。恋愛と性行為が一体不可分というのは自分には当てはまりません。

それから実は、リョナ好きな人々の中には、現実ではノンセクシャルやアセクシャルを自認している、つまり恋愛欲求はあるが性行為への欲求は無い、恋愛欲求も性的な欲求も全く無いという人が「比較的」多いのです。中には、性行為自体が不快で嫌だという人もいます。リョナ関連のスレッドで、恋愛と性行為が不可分であると聞いて彼女と付き合うのが不安になったということを相談していたリョナ好きの男子高校生を見たこともあります。つまり一見危険そうな性的な好みに見えますが、現実に存在する他者をむやみに恋愛や性の対象と見ないという点においては、一般的な有性愛の人が持つ危険性を持っていないのです。
自分の場合は完全なアセクシャルやノンセクシャルではありませんが、恋愛や性行為の欲求は比較的希薄で、異性とも同性と同じような「壁」のない友達になりたいという望みが強いです。フィクションのキャラクターについても、特定のキャラクターを好きになったことは一度もなかったりします。

リョナ好きな人々が物理ダメージに性的な興味があると気付くきっかけは、その多くはポルノのような成人向け作品を見たことによるものではありません。リョナ好きな人々は幼稚園・小学校でそれに気がついていることが大半であり、そのきっかけの多くがウルトラマンが怪獣にやられるのを見ただとか、対戦ゲームのキャラクターがダメージを受けるのを見たなどの、ごくありふれた表現によるものです。

さらに、リョナ好きな人には自分と同じく、幼少期には男でもいけた、男にしか興味がなかったという現在異性愛の男性が結構いるのです。中には変身後のウルトラマンやドラゴンに興奮していた人もいます。実は大人になってからもウルトラマンに興味のある人もいて、性的なロールプレイとしてウルトラマンが怪獣にやられるシーンを真似る「ウルトラマンやられごっこ」なんてのをしている人もいます。

リョナ好きな人に対して、何か嫌なことがあって性癖が歪んだんだろう的なことを言う人がいるのですが、リョナ好きな人は大半が幼少期(自分の場合は幼稚園)からなので、それは無いと言って良いと思います。むしろ、何でヘテロセクシュアルになっちゃったんでしょうね?

以前の自分の経歴に関する記事への追及という感じでしたが、では。

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  1. 2014/12/26(金) 01:56:41|
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